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061 激昂

last update Dernière mise à jour: 2025-05-28 19:00:44

 時は流れ。

 暦は3月に変わっていた。

 大地の様子は特に変わらず、一日のほとんどをベッドで過ごしていた。

 そんな大地に海は寄り添い、笑顔を向けていた。

 大地の頬にキスし、「今日も生きてくれてありがとう」そう囁いた。

 * * *

 大地はぼんやり天井を見つめ、物思いにふけることが多くなっていた。

 思索している、という訳ではない。

 その時その時、浮かんだことを巡らせていた。

 薬が減ったおかげで、少しずつ思考回路が戻っていく気がしていた。

 まだ本調子には程遠い。しかし確実に、今の状況を俯瞰出来るようになっていた。

 そして気付いた。

 今の自分にとって、なくてはならないもの。

 海の笑顔。

 それが嘘くさいということに。

 自分を殺し、無理矢理作った虚飾。

 どうしてこいつ、こんな顔をするんだ? 

 怒りたければ怒ればいい。泣きたければ泣けばいい。

 不満があるなら言えばいいのに。

 ずっと笑顔のままだった。

 そしてある日。

 大地は聞いてしまった。

 いつもの彼ならば、絶対口にしない筈なのに。

 思考が散漫な今、何も考えずに聞いてしまった。

 * * *

「どうしてそんな作り笑い、海はしてるんだ?」

 その言葉を投げかけられて。

 隣で雑誌を読んでいた海の顔が強張った。

「……海?」

 海の様子に困惑し、大地がそうつぶやく。

 海は雑誌を閉じ、肩を震わせた。

「海……どうかしたか……」

 大地が肩に手をやる。その手を荒々しく払い、海は大地を睨みつけた。

「え……」

 海の目に、涙が溢れていた。

 そして震える唇を噛み、大
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